<第0311号 2006年7月30日(日)> カンナ 炎の花と呼ばれて カンナは 大振りの花を 音もなく動かした 真夏を思わせる 重たい陽射しのなか 足元に張り付いた影に こらえていた 最初の涙のように ぽたりと 大粒の汗が落ちた * 挿一輪 * 炎天下でも鮮やかな花の色。 原色の黄色、オレンジ、赤。 カンナは夏にふさわしい花です。 背丈を越えるほどの群生で、 少しでも、 太陽に近づくように思える花も、 カンナという名前は、むしろ可憐です。 形に似合わず、 実は、 繊細なこころをもっているのかもしれません。 見た目の印象を、 多くの人が判断の基準にしているようです。 少なくても、 第一印象は視覚から入ることがほとんどです。 大きさや色、形状から判断したものは、 その後に、自分の五感で確かめない限り、 修正するのが難しいものです。 カンナの花を、 目から見た人と、名前の音から聞いた人では、 印象ががらりと変わるはずです。 初対面の人の印象も、 名前を聞いたとき、 顔をあわせたとき、 会話をかわしたとき、 それぞれで、印象が変化してゆきます。 一部分だけの情報によって、 判断を終わらせてしまうと、 仮面の下に隠れている、 大切なことに気づかないかもしれません。 炎のようなカンナも、 可憐な名前を持つカンナも、 両方そのまま受け入れてみると、 周りの世界が、 大きく広がってゆくような気がするのですが。 <第0310号 2006年7月23日(日)> 雨 やむ雨と やまない雨が ある 祈りで すぐに止まる雨があれば ふりつくすまで やまない雨がある やむ雨と やまない雨の 違いがわかると 少しだけ 明日への予習が 進むかもしれない * 挿一輪 * 連日、大雨の被害が報道されています。 ニュースで接しても驚くほどですから、 実際に被害に遭われた方は、 恐ろしい思いをされたことと思います。 こころからお見舞いを申し上げます。 川が増水して、 もう少しであふれ出すというのに、 雨は、いっこうにやむきざしがありません。 もういいかげんやんでくれ、と、 どんなに祈っても、 自然の猛威には、祈りは通じません。 通り過ぎるのを、やむのを、 待つしかありません。 こころのなかにふる雨もあります。 静かな雨もあれば、 からだからあふれ出しそうな大雨もあります。 すぐにでもやんでくれ。 そう祈る雨もあります。 祈りが通じる雨と、 祈りすら通じない雨があります。 祈ってもムダだと、いっているわけではありません。 ただじっと祈って、やむときを待つ雨と、 祈る時間があるのなら、出ていかなければならない雨と、 2通りの雨があるように思います。 どちらの雨かをみきわめる。 それができれば、人生の達人です。 でも、どちらの雨もあることを知っていれば、 明日へのこころがまえが、 少しでも、できるように思います。 雨があがって、青空が顔を出す。 そのときに、気持ちの良い笑顔になれるように、 雨への対策を、しっかりとしたいですね。 <第0309号 2006年7月16日(日)> 誇り 真夏の陽射しのように くっきりとしたエッジ 音を瞬時に忘れるような 奥深いまなざし あなたの胸に秘められた 休むことのないリズム いつ生まれたのかはわからない けれど もうひとつの拍動が止まるまで 消えることはない 生きているという 誇り * 挿一輪 * あなたはいったい何に誇りをもっていますか? 仕事ですか。 技術ですか。 能力ですか。 人それぞれの誇りの持ち方があると思います。 そして、 誇りの出し方はどのような形ですか? 常に体や表情からうかがい知れる人。 じっと胸に秘めて静かに装う人。 自分には誇れるものなどない。 もしそう思っているのなら、 それは大きな間違いです。 あなたの胸に手を当ててみてください。 生まれてからずっと動き続ける拍動を、 いつでも感じとることができるはずです。 その拍動と同じように打ち続けるもの。 それが、 生きているという、 誇りの拍動なのかもしれません。 この世界のなかで、 行き続けてゆくこと。 それだけでも、大きな誇りなのですから。 胸を張って前を向いて。 2つの大きなしっかりとした拍動が、 あなたを守ってくれます。 生命の拍動と、 誇りの拍動とが。 第0308号 2006年7月9日(日)> うちわ 風がおこせる あなたの 腕で どんなに ゆっくりでも どんなに 弱い力でも あなたが そうしようと思った その瞬間から 風がはじまる あなたの いのちから * 挿一輪 * エアコンでも扇風機でもなく、 うちわ。 暑い夏に非力に思えますが、 電気もいらずに、 腕一本で風がおこせます。 涼しさを呼ぶ風だけではなく、 進む明日へのみちしるべを、 変えてゆく風。 思い出してみると、 今までの様々な分岐点では、 風が吹きぬけていませんでしたか。 「風が吹いてきた」 あなたはそう思っているかもしれませんが、 実は、 風はあなた自身が生み出しているのです。 風は呼ぶものではなく、 風はおこすもの。 あなたが、 たとえどんな小さなうちわでも、 たとえどんな非力であおごうとも、 風はおきます。 あなたがその気になるだけで、 いつでも風の出発点になれます。 <第0307号 2006年7月2日(日)> キキョウ 青空が 恋しいから 雨の日でも 恋しいから キキョウは 深い空の色 そんな キキョウに 出会うたび 空の色を思い出す 下を向いて 歩くたび 空の色を思い出す * 挿一輪 * 梅雨空では、青空はお預けです。 少し気分も沈みがちです。 そんな時に、ふとキキョウの花に出会いました。 庭先の小さなプランター。 気がつかずに通り過ぎそうな片隅です。 キキョウの花は、好きな花です。 でも、青空の色を思い出したのは初めてでした。 思わず見上げた空は灰色。 しばらくは、梅雨の晴れ間でも待つようでしょうか。 たとえ今は隠れていても、 雲の上には、すっきりとした青空があります。 こころのなかに秘めていればこそ、 信じて待つことができるのでしょうね。 キキョウの花は、待つこころに、 小さな応援を贈ってくれたような気がします。 |
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