2011年2月のこびん

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<第0550号 2011年2月27日(日)>

       春の質量

         フワフワと花のように
         午後の反射光が
         シーソーの上に
         ゆれる
         
         かたちのある音は
         ひとつもないのに
         不思議な波長で
         
         陽の重さは
         シーソーに乗り
         あちらとこちらに乗り
         うっすらと
         澄んだ汗をながす
         
         おもしろそうだね
         雨水に生まれたばかりの
         空の子どもたちが
         
         ほら
         あとからあとから
         たちのぼる
         透明な はぶたえ


   * 挿一輪 *

 冷たい風を避けて陽だまりにたたずめば、
 そこには春の匂いがただよってきます。
 
 光の反射は重さも音もないのに不思議なやわらかさを感じます。
 耳を澄ませば静まりかえっているなかに陽の光の音がします。
 
 はてさて、春の重さはどのくらいなのでしょうか。
 きっと人のこころの重さのように、
 ふわふわと浮くときもあれば、
 持ち上げられないほど重たいこともあるのかもしれません。
 
 陽だまりで、
 春のふところに、
 あなたのこころの重さをゆだねてはいかがですか?


<第0549号 2011年2月20日(日)>

       あなた色

         眠るプリズム
         音もなく
         太陽の手が触れる
         
         したためられた文字が
         七つの色に浮かび上がり
         
         あなたという名の
         澄みきった魔法の手風琴
         ひとつかがやく
         
         大地に交差する
         光と影の市松模様の籠
         積み重ねる色の遊びは何
         
         サラサラと水のように
         フワフワと花のように


   * 挿一輪 *

 何の変哲もない小さな三角のガラスのかたまり、プリズム。
 でも、そこに太陽の光が射し込まれると、七色の光が生まれます。
 
 子どものころにはじめて見たとき、その美しさに見入りました。
 どうしてだろうと不思議に思ったのは、しばらくたってからです。
 
 まるで宝を生み出す魔法のガラスのように、
 そのプリズムはしばらくの間、一番の大切なものになりました。
 
 クレヨンや絵の具を重ねてゆけば真っ黒になってしまうのに、
 色は重ねれば重ねるほど透明に近づいてゆきます。
 
 不思議な違いはずいぶん後になって教わりましたが、
 プリズムは理屈抜きで教えてくれたのかもしれません。
 
 プリズムは見た目はただのガラスのかたまりです。
 太陽の光も見た目にはただの光に過ぎません。
 
 人もまた見た目にはひとつに見えますが、
 何かのプリズムを通してみれば、幾色に見えてくるのでしょうか。
 それだけ大きな多様性を秘めているのに、
 なにかにつけて、ひとつの形に決めつけているように思えます。
 
 あなた自身の多様性、可能性を引き出すためにも、
 いつもあなた独自のプリズムを身につけておきたいですね。


<第0548号 2011年2月13日(日)>

       いま

         みらい と かこ
         雪肌の卵と沃土色の卵
         並べて立てる双連の器
         
         両肘をついて掌に顎を乗せ
         つぶやく呪文
         おどれ おどれ おどれ
         
         右耳は未知の子音をかきわけ
         左耳は遠ざかる母音を探す
         
         両目の天秤
         支点の鼻の上に
         ポツリと小さな汗の玉乗り
         
         体に濾される水の記憶は
         輪廻の川の
         眠るプリズム


   * 挿一輪 *

 明日と昨日の間の今日。
 「みらい」と「かこ」のあいだの「いま」。
 
 ぽつねんと立っているわたしは、いつも両方に接しています。
 
 目がふたつあるのは、耳がふたつあるのは、
 偏ることなく両方に接することができるため?
 
 そのまんなかで、からだのなかを音を立てて、
 とどまることなく水が巡ってゆきます。
 
 生きていることの不思議さ。
 時間をも閉じ込めてしまういのちの強さ。
 
 ほんとうは「みらい」も「かこ」もなく「いま」だけなのに、
 からだを巡る水の流れが夢見る、幸と不幸の幻。
 
 「いま」をしっかりと見続けるならば、
 「いま」に逃げることなく正対すれば、
 間違いなくなれます、
 いちばん強いわたしに。


<第0547号 2011年2月6日(日)>

       わくわく

         わくわくしたものたち
         ガラスのころもをぬいだ水銀
         
         わくわくしたものたち
         さあをの空に投げ上げたヨーヨー
         
         わくわくしたものたち
         あふれ出ても濡れない水の音
         
         わくわくしたものたち
         オレンジにもぐった親指のつめ
         
         わくわくしたものたち
         つまづいた拍子に出た波紋
         
         わくわくしたものたち
         足跡にふりそそぐ陽のささやき
         
         わくわくしたものたち
         いま に染まった
         みらい と かこ


   * 挿一輪 *

 楽しいことを待つ気持ち、起こりそうななにかを待つ気持ち、
 わくわく。
 
 もっと、見ているだけで、目の前にあるだけで、
 わくわくしてくるものもあります。
 
 みんながわくわくするものから、
 あなただけ秘密にわくわくするものまで、
 どんなに小さなものでも、ささやかなものでも、
 かけがえのない宝物になるのと同じように、わくわくすること。
 
 これから先がどうなるのだろうと不安なとき、
 たったいまのわくわくがあれば、
 小さな希望のわくわくがともります。
 
 過ぎてしまった悲しみを忘れられないとき、
 たったいまのわくわくがあれば、
 いまこうしてわくわくがあるんだよと教えてくれます。
 
 わくわくしたものたちを育ててください。
 ひとつでも、ふたつでも、
 たったいまのあなたのてのひらのなかで。




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