2012年9月のこびん

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<第0633号 2012年9月30日(日)>

       秋の影

         あなたのほうが
         背が高い
         あなたのほうが
         足が速い
         あなたのほうが
         しっかりしている
         あなたのほうが
         打たれづよい
         あなたのほうが
         冷静沈着
         あなたのほうが
         好奇心旺盛
         
         でも
         わたしがいなければ
         あなたはいない
         光がなければ
         あなたはいない
         あっかんべえしても
         気がつかない


   * 挿一輪 *

 陽が短くなりました。
 朝夕の影も長く伸びてきました。
 道の小石や小さな凹凸でさえも影を確認できます。
 
 影はそのものの存在感を強く感じさせてくれます。
 でも、石の影には石が必要ですし、その石を照らす光が不可欠です。
 
 光がなければ影はできませんが、
 自分がいなければ自分の影はできません。
 
 秋の長い影は、
 いつもは通り過ぎてしまうささやかなものたちとも、
 むきあい会話することができる機会なのかもしれませんね。


<第0632号 2012年9月23日(日)>

       秋のとびら

         しばらくのあいだ
         雨が降りしきり
         だれかの家の
         呼び鈴を押すように
         鳴きはじめるカネタタキ
         
         黒縁の丸いめがねと
         少し大きめの帽子をかぶり
         すべるように
         ささやきを伝えてまわる
         深い影
         
         君は
         相変わらず悲しい夢を
         三日に一度は見ているのだろうか
         それとも
         
          もう夏のサンダルはおやめ
          
          いいの
          こうして秋の草の実を
          足先につけて歩くのが好きだから
         
         そう話すいたずらっぽい目を
         お気に入りの手鏡に
         映し続けているのだろうか
         
         足元の草むらも
         見上げる空に浮かぶ雲も
         とおいとおい思い出までも
         幽かな息遣いだけで開く
         秋のとびら


   * 挿一輪 *

 秋のとびらがようやく開いたようです。
 足音を忍ばすように入ってみました。
 
 見回しても特に変わっていません。
 ただあれだけまとわりついていた空気が、
 どこかひっそりと距離を置いています。
 
 高い空からの風が、
 そのすきまにすべりこんできます。
 どんなに小さなものでも呼び止めるような、
 たしかな立体感が生まれています。
 
 それは、たたずむあなた自身にも生まれています。
 そこにだれかいるのがわかっていても、
 もう少し声をかけずにみつめていたい、
 そんな気持ちが生まれてきませんか?
 
 秋の空気の透明感はこころのなかにまで流れこんで、
 音もなくとびらを押し開くからかもしれませんね。


<第0631号 2012年9月16日(日)>

       蛾

         蛾に会うと
         ぞくぞくする
         
         もこもこの羽を
         ぷくぷくの腹を
         古代文字の触覚を
         
         見るだけで
         ぞくぞくする
         
         腕に顔に
         一面に鳥肌が立つ
         
         半分腰を引きながら
         性懲りもなく
         寄っていき
         
         蛾の迷惑も考えずに
         ひとつのいのちに
         ぞくぞくする


   * 挿一輪 *

 蛾は苦手ですか。
 
 蝶は子どものころから好きなので問題はないのですが、
 蛾は止まっているのを見ているだけで鳥肌が立ちます。
 
 違いはひとつ(厳密な分類ではないのでしょうが)、
 止まったときに羽を閉じるのが蝶で、開くのが蛾です。
 
 どちらか区別のつきにくいものもありますが、
 原則、羽を広げて止まっているものを見つけると一歩引きます。
 
 でも、怖いもの見たさに、つい近寄ってしまいます。
 蛾にとっては迷惑でしょうね。
 嫌いならそばに来るなよ、と言いたいところでしょう。
 
 きっと、姿を見るのも嫌なら、すぐに立ち去るはずです。
 立ち止まるのは好奇心の裏返しなのでしょうか。
 案外、どこか惹かれるものがあるのかもしれません。
 
 蛾もひとつのいのち、人間もひとつのいのち。
 生きているものは、完成された美しさがあるのかもしれません。
 感じ方はそれぞれ異なるものですから。
 
 それにしても、
 やはり、蛾は苦手です。


<第0630号 2012年9月9日(日)>

       コレクション

         夕暮れの道
         ネコのシルエット
         ひとつ
         
         音もなく座って
         吹かれている
         うつむきがちな
         九月の海風に
         
         両手の指で
         額縁をつくり
         できたての絵画
         さっと切り抜いて
         
         こころの画廊にかけた
         小さな小さな
         コレクション


   * 挿一輪 *

 あなたはなにか集めているものはありますか。
 
 小さなもの、高価なもの、他人がうらやむもの、逆に疎まれるもの。
 
 あなたの集めているものは貴重なものですか。
 好きで好きでだれよりも好きなものですか。
 なんとなく気になっているものですか。
 
 たとえがらくたと思われても、あなたが宝物と思うなら、
 それは世界でたったひとつのコレクションです。
 
 人はいなくなっても、ものは残ります。
 こころにためた数々の宝物は、消えてしまうのでしょうか。
 
 それでも、集めずにはいられないなにかがあります。
 
 あなたと集めたものたちとの対話。
 日常を豊かにするなにかが隠れているのかもしれませんね。


<第0629号 2012年9月2日(日)>

       じゅもん

         あ・お・す・じ・あ・げ・は
         と、つぶやくと
         空の ふかさに つつまれる
         
         く・ろ・あ・げ・は
         と、つぶやくと
         木陰の ひみつが ささやく
         
         あ・き・あ・か・ね
         と、つぶやくと
         夏の 背中が 見えてくる
         
         か・ね・た・た・き
         と、つぶやくと
         しんと ひとみが 澄んでくる
         
         あ・な・た・の・な・ま・え
         を、つぶやいてみたら
         こころに やわらな 小さな芽


   * 挿一輪 *

 ことばは目で追っているうちは静かな記号なのかもしれません。
 でも、いったん音にして口ずさむだけで、
 魔法の呪文に変わります。
 
 小さな虫の名前から、樹の名前まで、
 目の前にたとえなかったとしても、
 ふと浮かび上がり音や香りまでも感じられます。
 
 人間の名前にも同じことがあると思いませんか。
 
 書かれた名前を見ている間は見ず知らずの記号なのに、
 いったん口にして名前を呼ぶと、
 その人となりまで目の前に浮かんできそうです。
 
 ことばを口に出して読んでみてください。
 平面が立体になるように、
 一枚の紙が思い出の一場面になるように、
 きっとあなたの目の前に浮かんでくるのでしょうから。




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