***  5月の詩  ***

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 消えたスペース


雨なのに乾いている
その長方形の部分だけ

みるみる四方から水の流れが何本も入り
黒い点のしみも加勢する
四角い額はオセロのように
瞬く間にその比率を逆転してゆく

ちょうど軽自動車一台分のスペース
確かに動いたすぐ後だから
そこに何があったかわかるのだが

時間の雨がおちて
時間の水がゆっくりと流れて
おおいつくされてしまえば
一面濡れて区別もつかない

だれかが懸命に生きていた跡も
雨が降ってしまえば消えてしまう

やんでしまえば
雨が降ったということさえ
誰かのなかに見つけるのがむずかしい

ゆっくりと水蒸気が昇って雨が帰る
濡れた記憶だけが
きらきらとやけにまぶしい

次の乾いたスペースを
いったいどこに作ろうか
いたずらっ子の記憶のように
雲の形が練りあがってゆく


 骨折


折れてみると
お前がいたのかと思う
いつもは見えないから
頭の片隅にも上らない

小さな骨が
ほんの少し位置を変えただけでこの痛み
レントゲンのフィルムで
やっと無口なお前に会えた

一度目覚めてしまったお前は
耐えることに飽きてしまったのか
時々うずいて自分の確認を主張する
わかっているよ
確かに今まで忘れていたことは事実だが

かゆかったり
怪我をしたり
外に出ている部分はわかるのだが
おおわれて見えない骨は
いつもじっと支え続けていた

痛みがあって
はじめて支えられていることがわかる
そう何もかも
いのちはみんなそんなもの

人間いばっているけれど
とびっきり忘れんぼうの
おばかさん



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