***  9月の詩  ***

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 とんぼ


秋の澄んだ空には
透明なたましいがひしめいている

だからとんぼは
あんなにジグザグと
注意深くあいだをぬうように
浮かんでいる

大人たちはなつかしそうに
一瞬目を細めるだけだが
走り回っていた子どもたちは
とんぼに会うと
風を起こすくらいに急に立ち止まる

ほんの少しまえまで
とんぼのまわりに寄り添っていた
透明な自分たちを思い出すのだ

子どもたちの声にならない呼びかけは
大人たちの忘れたものを呼ぶつぶやきとは違う
それはたぶん
たましいに重ねた時間の衣装の差なのだろうか

とんぼの浮かぶ空には
光る雲母の羽が
ピカリピカリと信号を発している
でもあれはほんとうは羽が光るのではない
とんぼに寄り添うたましいの信号なのだ

だから仲間と交信するために
子どもたちは
あの羽の光にすり寄るように
いっせいにとんぼを追って
また走りだすのだ


 積乱雲


重さに耐えかねて
つぶれてゆくのは知っている

知っていても昇ってゆきたい
そんな自分に
いきどおりを感じるのもわかる

じっと待って集めたエネルギーを
ついには怒りのために使ってしまう
そんな矛盾もわかっている

でも止めることができない
太陽をおおいつくし
大地を真っ暗にするのも
わずかのあいだのできごとなのに
そのためだけに昇り続ける

やりきれなさは雷鳴になるのか
声にならない叫びは閃光になるのか
あきらめきれぬように
救いをもとめるように
どしゃぶりの雨は


もういいのかい
さっぱりとしたのかい
ひときわ激しい感情をぶつけた後で
積乱雲は
日差しの中で一束の虹になって
消えてゆく


Copyright© 2004 Shiawase no Kijun