***  10月の詩  ***

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 雨あがり


雨あがりの
水たまりに
看板の文字が映っていた

看板の文字はくすんだ赤
そのまんなかに
つんと赤とんぼが波紋を作り
語りかけることばもなしに
秋の匂いの風が流れる

看板の赤い文字はどこだろうか
飛び去った赤とんぼはどこだろうか
しゃがんでいたわたしはどこだろうか

映った赤は無数の小魚のように溶け
覗き込んでいるわたしも
姿を見せない今という時間も溶け
つかのまの夢を見はじめたとき
手品師の意地悪な種明かし

ふと空を仰ぐ
雨あがりの
まだざわざわした空を仰ぐ

立ち上がった前の道にも
水たまりが続いてゆく
ずっとずっと
雲の波を映した鏡が続いてゆく

こうして映っている夢は
水たまりが消えてしまうと
あの空に昇ることを切に思いながら
また仮の住まいをさまようのだろうか

さよならのひとことがいいたくて
だれかにひとことがいいたくて
わたしは
わたしの雨あがりを待っている
迷子の赤い文字を
水たまりのような瞳に映しながら








10月の詩 雨あがり

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