11月のカンナ カンナの花が立っていた カンナの花がただ立っていた まるで 古いタイルの間の目地に 朱の染料が飛んだように ビルとビルの間に ひっそりと立っていた カンナの花はだれかを待っている タバコをふかしもせずに 携帯をいじりもせずに つぶやかず 目を落とさず それでいて まっすぐに覗き込む陽ざしにも ただ静かに立っていた ぼくはどうしてここにいるのだろう ここに来るまでのことと ここから次に行くことと それは説明できるのだが カンナの花に立ち止まる いまの理由がみつからない 古本屋の棚に西日がさして ずいぶんくたびれた本の焼けた背が この世に一冊しか残っていない 幻の本に変わるように 止まらぬ時間を身にまとい それでもカンナの花は立っていた カンナを溶かす朱の色は 母の視線のようにとぎれない 11月の夕刻が どんなに早く群青の幕を引こうとも どんなに冷たくその花を裂こうとも カンナの花が立っていた カンナの花がまっすぐに立っていた |
|||
Copyright© 2012 Shiawase no Kijun