3月 春の入口 たとえ冷たい雨が降っていても カレンダーをめくるように 新しい期待のページ なにかが生まれるときは それなりに騒ぎがあるけれど なにかが育つときは ひっそりと気付かれない 季節はゆっくりと育ってゆく 冷たい冬が満ちていたころでさえ もう春がゆっくりと育ち始め 春は冬に育てられ その冬は秋に育てられ どこにも区切りなどひとつもない いまを生きるぼくたちに 一息の区切りもないように あしたはきょうに育てられ きょうはきのうに育てられ うつむけば風を避けることができる でも からだのなかから呼びかける声 視線を上げて 顔を上げて ほら 3月がぼくたちにかけた 小さなマジックが動き出した |
鳴らない本 彼岸すぎのあたたかな午後 明日は終業式 部屋の整理をしていた長女が 古い絵本を見つけ出す おとうさん これ鳴ったよね ゆっくりとページをめくり 顔を上げて話しかける 長女が一つか二つのころ 買ってもらった絵本 色鮮やかなページをめくると 最後のページで虫が鳴く なんどもなんどもせがまれて いまでもその音は覚えている 重ねたテープで補修してある お気に入りの最後のページ もう電池がなくなったのさ 光に反応して音の鳴る電池 いつのまにか本を開かなくなって どのくらいがたったのだろう まるで記憶に生きている人たちが ほほえみじっとみつめているように こころのなかの絵本のページ そっとめくる最後のページ いままでの声をふと思い出す 鳴ってた音がそっと消えた日 どんなときでもいい 自分だけの本のページをめくる どんなときでもいい もういちど耳をすませて聞くがいい |
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