***  11月の詩  ***

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 遠い時間


眠っている猫を
じっとみていると
焦点がやわらかくなって
遠い時間が沁みてくる

日焼けした文庫本の
紙魚が横切る行間に
虫眼鏡の虹彩が
カーテンのように揺れて

半透明な子どもたちが
磨きこまれた縁側で遊び始める
こぼれんばかりの
小春日和の反映を浴びて

だれもさえぎるものはいない
忘れた時間のオブラートは
笑顔の水滴で溶ける
不定形に
音もなく邪気もなく

遠い時間は
こんな身近にあったのだろうか
忙しさに忘れていたり
ずいぶん遠い目をしてみたり
呼んでも呼んでも
かくれんぼの鬼のように
どうしても探せなかったのに

ころがるように
音が振り返り
包みこむように
風が生まれる
ほらここには鍵も合言葉もいらない

焼きが剥がれた七宝の宝石箱の
懐かしい手触りが波紋の合図
遠い時間がふっと消え
新しい午後のはじまり
少し冷めた食事がはじまる








11月の詩 遠い時間

11月の詩 遠い時間

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